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徳島地方裁判所 昭和23年(行)10号 判決

原告

糸林治利 外八名

被告

鈴江更紀 外二名

"

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

原告等訴訟代理人は原告等が昭和二十二年八月二十六日爲した橘町議会議員の辞任並びに同年九月二十九日施行せられた橘町議会議員の補欠選挙の無効なることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等は昭和二十二年四月三十日施行せられた橘町議会議員選挙において当選した議員であるが昭和二十一年春学制改革に伴い橘町においては新制中学校の校舍を必要とするに至り訴外神元梅次郞の所有する同町内にある元水産試驗場の土地建物及びこれに隣接する元靑年学校運動場を入手することになつたのであるがその入手方法につき町長町議会議員の間に意見が一致しなかつた。即ち訴外神元所有の土地建物は曾て縣立として設立せられたものであるが、その後同試驗場が日和佐町に移轉するに及び其の建物敷地は縣から橘町え拂下げられたが橘町は町の財政難と一面、町発展の見地から工場誘致を企て訴外神元梅次郞が同町で石灰窒素工場を設立計画中であつたので、同人に対し右水産試驗場跡と靑年學校跡の土地建場を賣渡し同訴外人は此の場所で工場建設を準備している内終戰となり、石灰窒素は製造禁止となつたので工場建設を中止したのであるが、橘町長藤倉安敬及び鈴江更紀、湯淺富太郞、百歩依一、藤倉賢治、井上信夫、黑田義男、甘利進一の七議員は橘町と訴外神元間の右土地建物の賣買は工場誘致の趣旨においてなされたにも拘らず、訴外神元が工場を設置しないのは賣買契約の要素に錯誤があるものであつて契約は無効だから同訴外人を相手方として民事訴訟を提起してこれを取戻すべしと主張し、これに対し、原告等と訴外中西伊三郞、山本義明、馬着訓三、黑田龜一の十三議員は右の措置に反対し、訴外神元に町の実情を述べ、穩健な平和的交渉を遂けるのが目的を達する所以と考えるから此の方法によるべしと主張し議員二十二名中二名の中立を除き町長派七名、反町長派十三名が互に対立論爭していた処が此の問題につき同町々民である訴外山下義敎、池漆專吉、田中幸二、板垣幸榮、森本万次郞、長谷八平、角元利平、小池俊太郞等は町長並びに町長派議員と相通じ反対派議員十三名を不法に辞職せしめんことを企て昭和二十二年七月二十六日以來或は町民大會を開き辞職勧告の決議をなし、或は町民の連判をとり辞職を強要するなどの行爲をなし又町議会、或は町協議会開催の際は多數の町民をせん動して傍聽につめかけ口々に原告等議員に対し辞職してしまえと叫び盛にやじり、原告等議員の正当な発言を封じ議会を紛糾混乱せしめるなどの行爲に出でていたが昭和二十二年八月二十五日に至り新制中学校國庫補助並びに起債に関する件外二件の議案につき翌二十六日緊急町議会開催を決したので前記山下義敎等七名の町民及び町長藤倉安敬並びに町長派七名の議員同夜七時頃同町黑田義男議員方に集合し予ての懸案解決のために傍聽者の圧力を以つて議場で原告等反町長派議員十三名を辞職せしめようとの謀議をし、翌二十六日午前九時頃同町役場階上において町議会が開かれんとするや傍聽席に前記山下義敎外七名の者が先頭に立ち百數十名の傍聽者がつめかけ議員馬着訓三、黑田龜一以外の議員二十名が議席につき町長の挨拶に次ぎ議長である糸林が開会を宣せんとした刹那、町長派議員の藤倉賢治が前夜の謀議にもとずき、議長一寸まてと叫び、原告等十三名議長の進退の処決をせまりこれに相呼應し傍聽人は忽ち騷ぎ出し、前記山下義敎等七名の町民を始め多數の傍聽人が議場へ殺倒侵入し、原告等を取りまき異常な氣勢を示し「お前等十三名議員は即時辞職してしまえと口々に怒号し、傍聽席もこれに應じて喧騷をきわめ議場は大混乱に陷つたので、原告四宮は此の騷がしい中で議事進行は不可能なりとして席を立ち階下へ降りかけたところ前示板垣幸榮等により直ちに引ずり返され原告渡邊が藤倉町長との間に訴外神元との交渉問題につき問答を交すや藤倉町長は原告渡邊に対し町長を疑うような議員はやめてしまえと叫びこれに呼應し訴外田中幸二は原告渡邊に対し町長に対して謝罪状を書けと迫り又辞表をかかぬと絶対に家にかえさぬと脅し、原告橘が身の危險を感じ逃げ歸らんとするや、訴外小池俊太郞は同原告の胸部を強く突き同部に治療五日間の傷を負わすなどの暴行傷害を加え、尚殺氣立てる傍聽人等は議員をやめなければ家を燒くぞとか海の中へ放りこんでしまうぞとか、そこにある鉄棒で欧り倒すぞとか怒号し喧騒をきわめ、原告等議員は逃げ出さうとしても暴民のため直ちに引きずり返され、而がも議員の昇降口には多數の者が立ち塞り逃け歸る余地もなく恐怖におびえ居る間に前記池漆專吉、田中幸二、藤本万次郞等が硯、筆、紙を持ち出し多數暴民のいる中で原告等議員が鋭く辞表をかけと強要し、原告等をして畏怖の結果全然意思の自由を失わしめ其の場で、議員辞職届に署名捺印せしめた上、これらを取り上げた、藤倉町長は右のような事情の下で作られた辞表を原告等の眞意に出ずるものであるとし、これを橘町選挙管理委員会に通告し、同委員会はこれに基ずき昭和二十二年九月二十九日補欠選挙を施行し訴外佐々木直太郞等が当選したのである、尚原告等に暴行脅迫を加えた前示山下義敎外六名は暴力行爲等処罰に関する法律違反公務執行妨害罪として起訴せられ、昭和二十二年十二月十二日德島地方裁判所で有罪の判決を受けた。

以上の次第であるから原告等の右辞任は無効であり、これを前提とする右補欠選挙も亦当然無効のものである。

よつて本訴によりこれが無効確認を求める次第であると述べ被告等代理人の答弁に対し原告主張の如き無効原因による訴訟は地方自治法第六十六條の適用を受けないものであると述べた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告等が昭和二十二年四月三十日施行の橘町議会議員選挙において当選しその議員であつたこと、当時同町長であつた藤倉安敬が昭和二十二年八月二十五日附新制中学校國庫補助並びに起債に関する件外二件の議案につき同月二十六日緊急町会を召集していたこと、原告等が議員を辞任したこと、山下義敎外六名が昭和二十二年十二月十二日德島地方裁判所において公務執行妨害罪で処罰を受けたこと及び昭和二十二年九月二十九日橘町議会議員の補欠選挙が行われたことは之を認めるがその余の原告主張事実を爭う原告等が本訴において右補欠選挙の無効確認を求めるのは地方自治法第六十六條にいわゆる選挙の効力に関し異議があるときに該當するものと解すべきであるから同條に規定する手続を経て高等裁判所に出訴すべきものであり、而かもその期間は訴願裁決後三十日と限定せられている、然るに原告は右の如き手続を経ることなく、しかも出訴期間経過後において管轄権のない地方裁判所に出訴しているものであるから本訴は失当である、尤も原告等はその辞任無効の確認を求めることを重点としていて補欠選挙の無効確認を求めるのは直接の目的でないとしても原告等の自称議員と法定の手続により選挙せられた議員が現に併存する場合においては此の二者を不可分的に裁断処理しなければならないのであつて結局補欠選挙の効力が唯一の爭点とせられねばならないのである、殊に本件補欠選挙は地方自治法第六十三條所定の議員の定数六分の一以上の欠員を生じた場合であるから、若し原告等の主張事実が眞実とせば右補欠選挙を行つてはならないものであるから原告等は直ちに法定の手続を経て法定期間内にその無効を主張し得たわけである。以上の理由により本訴は棄却せらるべきものである。尚原告等の議員辞任は次に述べるような事情で任意になされたものである。即ち昭和二十年二月四日当時橘町長糸林甚平が德島縣知事に対し縣立水産試驗場土地建物拂下を申請したところ同年五月十四日知事より拂下を許されたが、それには右物件を町立靑年学校として使用すべき條件が附せられていてこれを他に讓渡するが如きことは許されていなかつた。然るに町長糸林甚平は同年九月二十四日訴外神元梅次郞に右物件を賣却したのでこれを知つた町民はその專断を攻撃し昭和二十二年四月三十日施行の町議会議員選擧においては此の件が選挙民の関心をひくところとなつていた原告等は右選挙に立候補し当選の上は前記物件を取戻すように努力すると公約したが当選するやその態度を一変したので町民達は再三町民大会を開き、原告等に反省を求めたところ、原告等の内既にその非をさとり辞任を決意していたものもあつた。原告糸林治利は八月二十五日に訴外内村可一、江上繁雄に対して辞意を表明しており、原告谷富次、泉野修平、広瀨利夫等は既に作つてあつた辞任届をたまたま二十六日に提出したのであり又原告渡辺安太郞は同日に辞表を提出していない。原告等はすべて自己の政治上の責任を感じて任意に辞任したものであるから、此の点からみても本訴は理由がないと述べた。

理由

原告等の訴旨は原告等が昭和二十二年八月二十六日なした橘町議会議員の辞任は他人の暴行脅迫により自由意志を抑壓されてした無効のものであり、從つてこれを前提としてなされた同年九月二十九日同町議会議員の補欠選挙も亦当然無効であるからその確認を求めるというにある。思うに地方自治法第六十六條において選挙人が市町村議員の選挙の効力に関し異議あるときは選挙の日から十四日以内に市町村選挙管理委員会に異議の申立を爲しその決定に不服がある者は都道府縣の選挙管理委員会に訴願し、その裁決に不服がある者はその裁決書交付の日又はその要旨の公告の日から、三十日以内に高等裁判所に出訴すべき旨を定め選挙の効力に関する爭訟につき特別規定をなし、特にその爭訟期間を制限しているのは議員の地位の安定性を比較的速かに確定しようとする趣旨によるものと称せられる。原告等の議員辞任が無効であるからといつて常に必ず何時でもこれに基ずく補欠選挙の無効確認を請求し得るものと速断することはできないのである、原告等は本件の如き場合は地方自治法の規定の適用を受けない旨主張するけれども前示法條の趣旨と後に説明するところによれば右辞任が無効であつてもこれにつづく補欠選挙の効力を爭い得ない事態が生ずることもあり得るものというべきである、けだし右にいう選擧訴訟においてはその請求原因として必ず選擧の管理執行が選挙の規定に違反しその違反が選挙の結果に異動を及ぼす程度に重要なことを主張すべきであつてこの選挙の管理に関する規定の違反とは選挙を行うべき場合についての法規違反、或は本件におけるが如く補欠選挙を行うべき場合なりや否や換言すれば補欠選挙については欠員がその区域の議員定數の六分の一に達しない限りこれを行うことができないのであるからこれに違反して行われた場合などを包含するものというべきである、從つて原告等の辞任がその主張のように無効なりとせば橘町議会の議員に法定の欠員が生じなかつたのであるから、同町選挙管理委員会が補欠選挙を行つたのはまさしく行つてはならない補欠選挙を行つたものであり、前に説明した選挙の管理に関する法規に違反したものであるから地方自治法第六十六條による手続をとり然る後同所定の期間内に管轄高等裁判所に出訴すべかりしものというべきである。原告等が本件の如き場合においては右の措置に出ずる必要はないものであつて、一般の無効確認と同様に律しられるものとの解釈をとり右法定期間を經過した後に当裁判所に本訴を提起したのはその主張の通り辞任が無効であつても既に補欠選挙に関する効力が爭い得なくなつた現在において確定的にその地位を保有するわけであるから原告等の辞任が無効であつたとしても、もはやこれを確定するにつき法律上の利益がなくなつたものといわなければならないのである。

以上説明する通りであるから原告の請求は理由のないものというほかなくこれを棄却すべきものと認め、民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(今谷 三谷 村崎)

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